SOYBEAN's Inc.

社長は思います。もっと楽に、楽しく。生きていきたい。この度新しく会社を立ち上げました。SoyBeanです。 社長はというと、うつ病・強迫性障害と日々戦っています。

自信満々なリーダー

 

最近、ブログ閲覧数がかなり増えていて、驚いています。

一体どこの誰が見ているのか、興味を持ってもらえているか

少し、気になるところですね…(o^^o)

 

 

ところで最近、専門学校で学んだ知識の集大成ともいうべき卒制が完成しました。

URL⇨https://youtu.be/cRPndeT-4UY

ひょっとすると別タブで開かないと見れないかもしれません。

もし興味がありましたらご覧ください!

この作品は、グループ制作で私が監督となり作ったもので、高校生の頃に趣味で書いたシナリオです。これを作りたい!という高校の頃の夢がひとつ、叶いました。グループのメンバーみんなが叶えてくれました。

 

これまで、率先して色々な活動に携わり、リーダー的な役割も進んで引き受けたりしていました。

しかし、今思えばこの作品をつくるまでの私はいつも独りよがりで、リーダーとは程遠かったような気がします。なぜなら私はメンバーを信頼できていなかったからです。

私がやる!私がやる!では、リードするどころかグループ制作にすらなっていませんよね。

今回、卒制で私が監督になり、私のシナリオに共感し集まってくれた仲間の中で、またもや私が私が!私が!となる手前で、私がうつ病になりました。

こんなこと言ったら失礼ですが、その後グループのメンバーに頼らざるを得なくなってしまい、自分でやりたかったことも誰かにに頼むしかありませんでした。しかしグループのメンバーは嫌な顔一つせず、仕事を頼まれてくれました。そして、出来た。と見せられた仕事の内容は、私よりもずっとずっと優れていました。そして、気がつきました。これが、グループ制作なんだと。

悔しいけれど、私は中途半端だったなと思い知らされもしました。ただ私はひとり完璧になりたくて、全てこなせればいいですが、それも中途半端で、それでは全くグループ制作にはなっていません。

 

そして今回、特に勉強になったこと、それは

"仕事を、それを『得意』とする人に任せる"ということが、どれだけ大変で大切なことなのか。勉強になりました。

リードする人がメンバーの得意とするものをすすんで見つけ、それを割り振り、信頼して任せ、それらをリードし力を合わせて仕事をこなしていってこそグループ制作です。

そしてそれができてこそ監督、リーダーです。(あくまでも私の意見ですが…。)

また、人に信頼して任せるって簡単そうで、すごく難しいことだって、よくわかりました。

 

仕事は、メンバーみんなが協力し合うことがとても大切で、一部の人だけが負担を抱えるようではいけないのです。そして誰ひとり、作品や仕事にかける想いがブレないことが大切だと思います。

ブレないようにまとめるのもリーダーの役割だと思います。

私は幸い、メンバーに恵まれ、こんなにも出来損ないのリーダーでも、とても素晴らしい夢のある作品が作れました。みんながみんなを支え、みんなが頑張りました。みんなで作った作品です。私はこの卒制作品を、誰よりも愛しています。

少し笑っちゃうようなそんな作品です。是非見てみてください(^-^)

 

なんだか重たく熱苦しい話になってしまいましたな…

それではここで私の近況をお話しします。

『お前の近況なんか知るか!』と思った方もいるかもしれませんがこのブログを読んでいただいている時点で多少なりともこのブログに興味があるという事大大前提で、ここは自信を持ってお話しします!笑

 

私は7つのサボテン🌵を育てています。

1つはMr.サボテン、も1つはMr.ビッグ、お次はMr.パスタ、そしてMr.ナガボソ。そしてMrs.サボ、Mr.ハンサム、Mr.ファンキー。

サボテンって癒されます。かわいくて、無口で…。けど困ったちゃんで手入れしてるとき容赦無く、手ぇ刺しますからね!!ナデナデしたくても手ぇ痛いんですよね…σ(^_^;)

そ、そしてサボさんの魅力はなんといっても強い!どんな環境でも耐えて、大きく育ちます!とても尊敬してます。アイラブサボォッ!です。

 

しかし気がつくと、Mr.パスタとMr.ナガボソが病気に…💦

早速原因を調べ、土があっていないということがわかりました。サボさんが1番好きな環境は何かなー!と考え、行き着いたのは砂漠🏜…

即座にAmazonで、砂、買いました。鉢もあたらしいのを買い、植え替えました。

f:id:SoyBean-HRY:20170302111924j:image

 

 

f:id:SoyBean-HRY:20170302115959p:imagef:id:SoyBean-HRY:20170302115352j:image

うん、いい感じ。ていうかかわいい。それより前のサボさんの家、なんかきぃったねぇ。汚)いままでごめんね、サボさん。

 

Mrs.サボは白砂に♡、メンズの家は砂漠のような砂です。どっちもマジな砂漠の砂です。ちょっと狭いかなと思って下に根っこが伸びるよう、砂の下にいい土を入れ、層にして、けっこう深めに作りました。Mrs.サボの家も層になってます。

霧吹きも新しいのを購入し、今は様子を伺っているところです。

あ、気づいた方もいるかもしれませんが、ここに写ってるのは6つで、もう1つのサボテンMr.ファンキーは、トイレに飾られてます。トゲトゲとイカついし、でかいです。

 

 

そしてそして、最近お菓子作りに少しハマり出しまして、もともとは料理好きじゃないし、どちらか〜…と言えばド下手です。

そして、そのハマったお菓子というのも、、、

 

驚くなかれ。。。

 

カロン!!!!!

 

 

いやー!、えー!でしょう!?なかなか難しいとされているマカロンですが下手なのに作れるのー?って、でも私大好きで、大好きで。なんとか自分で作りたい!と思い作ったところ、初回、大成功でした。まさに"マカロン"でした!

 

しかーぁーあし!!

なぜか2度目からは超ファンキーな見た目になって、食い物に見えないのです。

まぁ、材料変わらないので味は美味しいですが。

前とは作り方も同じなはずなのに、ましてや、前は雑にこんなもんかと材料を目分量で入れていて、2度目からはしっかり量を計っているにもかかわらず、なぜかファンキーなことに。マカロンは初回限定でしたね。まぁ今後もトライし続けますよ!

 

そんな感じです。

 

そんなことで悩めるくらい、落ち着いてきました。

母が現場仕事に出てしまって、家で1人になっても、落ち着いて生活できるようになってきました。

まだ、外に出突っ張りだったり、人と長時間会う事、長時間1人になる事、遠出をする事は厳しいですが、なんとか家の手伝いや、家や近くの草はらで体を動かしたり、母と買い物に行ったりしています。

そしてまだ、時々発作(涙が止まらなくなり、死にたいと思ってしまう)や過呼吸が起きます。

油断はできないですがどんどん良くなっていってるような気がします。

次回のブログでは、まだ発作が起きてしまう根本的な原因を、もう一度見つめ直した時の思いを綴ろうかと思います。予告です。気まぐれなので、多分ですがね。

あぁっと!第三のマカロンが、また焼けました!!

今回はどうかな?

 

 

 

 

 

くぅっせぇ!!!!!

 

 

 

強迫性障害の境界線〰

 

今日は太陽はポカポカだったけど、

風が強かったですね〜。風が冷たいというか。

なんとなくまだ油断できない季節ですね。

最近は、太陽の光を浴びて、すごく気持ちいいって感じます。

でも、ずっと外にいると、座ってるだけでも疲れちゃうんです。

なんというか、何もしてなくても、何もしてないと思っていても、体や心はストレスを感じてるんですね。

 

ところで、今回のブログのお題でもある、

強迫性障害の境界線』

なぜこのお題にしたかというと、

強迫観念というのは誰もが持っているものだからです。

〜しなくてはならない。〜でなきゃいけない。

〜しなきゃ。自分とは〜だ。などなど。

これまで私のブログを見ていただいていた方々も、ひょっとすると共感してしまうところや、自分って強迫性障害なんじゃないだろうかと思ったりした方もいたかもしれません。

そこで、私の思う(あくまでも私の考えです)、強迫性障害と、そうでない人との境界線をお伝えします。

 

生きていれば必ず、

期限や時間に追われたり、1日のうちにやらなくてはならないことがあります。

そしてそれにプラス、自分もしたいことがあります。

例えば、絵を描いたり、手芸をしたり、、、

趣味があるとおもいます。楽しいと思う時間。

やらなきゃ、やらなきゃ。やりたい、やりたい。それも、いや、それこそ強迫観念であると思います。

 

やらなきゃならないことと、やりたいことをして毎日を送っていると、必ずストレスを感じます。自分が期日や時間、周りなど環境から縛られたり、気づけばやりたいと思っていることからも縛られたり。

一日中座ってたって、一日中寝てたって、

体や心はストレスを感じています。

つまり、ストレスレスな人生はありえないのです。

自分をいっさい縛らない人生というのは、おそらくないのでしょう。

しかし、そのおかげで、そのストレスのおかげで"幸福"というものが存在します。

この文字だけ見ると、奇妙な話ですが、

すきなことだけをして生きていたとして、嫌だと思うものすべてを排除してきたら、すきだと思ってやっている日々のことは当たり前のことになり、すきなことがすきではなくなり、日常が楽しくも、苦しくもない、いつか無になってしまう…のではないでしょうか。まぁ、私はそこまで究極に生きたことも、生きた人を見たこともないのでわからないですがね。笑笑

けど、私ならそうなると思います。

 

母と今朝話していて、母には人生で"仕事"のノルマというものがあり、ノルマに達しない、頑張りきれてないときは自分にご褒美はあげない。とのことです。

毎日忙しく生きてる母なのに!家事や現場仕事、事務仕事、全てをやっていて、私から見たら毎日忙しなく、大変そうな母なのにです!そもそもノルマに達しないことがあるのか!と思いましたが。

 

私は最近ご褒美をたくさんもらっています。

日常生活で、今までできなかったことができるようになったことも幸せではありますが、そのほかに欲しい物を手に入れまくっています。いけませんね。

最近、私は100均中毒にな…その話はまたあとにしましょう。

 

母いわく、自分の中にあるノルマを達していない状態でご褒美(趣味、すきなことをすること)をあげると、麻痺して、ご褒美がご褒美で無くなるとのこと。でも確かにそうですよね。さっきも書いたようにストレスのおかげで幸福を得られるので、ストレスはある程度、自分を縛るなにかは多少あった方が良いのです。ただ、どんどんどんどん縛りをきつくしてしまうと、苦しくなってしまうのです。

 

話が遠回りになってしまいましたが、

みな、強迫観念と戦っています。

でも強迫性障害というものは、また少し違ったものなのです。

そこを間違えてしまうと、悲観的になってしまったり、強迫性障害の人をむやみに傷つける事になってしまいます。

強迫性障害とは、自分を縛る行為が行き過ぎてしまい、きゅうくつで仕方なくなってしまった人のことです。生活に支障をきたすほどに自分を縛り、ノルマを果たせない自分を必要以上に罵ってしまうのです。そして、必要のない事にまで追われ縛られてしまうのです。

私の場合、右手で触ったら左手でも触らなきゃいけない。

家族の安全を誰よりも誰よりも(これも強迫観念)願っているのに、ふと突然、家族に危険が降りかかる映像が頭に浮かんでしまったりします。とにかくとにかく嫌な、想像もしたくないことが頭を駆け巡る。妄想なのか、なんなのかもわからない。そしてそれを想像してしまった自分をまた責めるのです。

4という数字は不幸を呼んでしまう。。

だからメールの絵文字の数も4つにならないように、4行にならないようにだとか、いろんないろんなことで自分を縛り、責め立てます。

『…なにそれ、へんなの!』

そうです、へんなのです。異常なのです。

そんなことで人は絶対に死なないのに、不安で不安でたまらなくなったり、懺悔してしまったり、自分をこれでもかというほど責めるのです。自分がやるべきことをしなかったせいで大切な誰かによくないことが起きるのではないか。

そういう風に思ってしまうのです。

とても厄介で、とてもツラい病いなのです。

 

今まで私は、それは自分の性格だと思ってきたのでまだ完治するということが想像できません。

ただ、強迫性障害と闘う上で重要だなと日々感じるのは、荒療治。

私が思うに、歴史的に有名なあの"踏み絵"。

あれです。強迫性障害者は、ある意味何かの絶大なる信者なのです。

私は身の周りのものに、ばい菌がたくさん見えていたので、学校の水道の蛇口をさわれなかったり、机の上に落ちた箸を使えない。など、いろんな壁がありました。それらをあえて触ってみたり、使ってみたり、手を洗いたくても洗わずにいたりしました。最初、そりゃもー気持ち悪くて気持ち悪くてしかたありませんでした。死ぬ!死ぬんだ!と毎回覚悟を決めて行っていました。そしてそれをしても死ぬことはないとわかると、徐々に平気になってくるのです。

口の中にばい菌が入っているような気がするときがしょっちゅうあって、いつもツバをペッペッ、ペッペしていました。それも行儀悪いし、やっちゃダメとわかっていても、口の中が気持ち悪くて仕方ないのです。死んでしまうのではないかと思ってしまうのです。それをあえて、飲み込む。そうやって荒療治をしてきました。そうしてどんどん、まぁいっか。まぁ大丈夫。を増やしていきました。

 

小学2年生の時に母親にUFOキャッチャーで、コリラックマのぬいぐるみをゲットしてもらいました。

未だにそのコリラックマを両手に掲げて、まんべんの笑みを浮かべ、取ったどーー!正確には取ったよ!取ったよ!ですが、そう叫びながら走ってきた母の姿を鮮明に覚えています。

そしてその日から毎晩一緒に寝て、学校の行事でどこかに宿泊するときも、旅行にもお泊まり会にもこっそり連れていき、ずーっとずっと一緒でした。それが日課になり、習慣になり、絶対ルールになりました。

また、コリは私の絶大なる味方で、母の一部のように感じているのかもしれません。だから、傷つけたり、ましてや踏んだりなんて絶対にしません。大事に大事に愛して、愛しています!!!そう、私はコリの信者なのです。

なので必要なのは、"踏みコリ"。

とはいえ、それをやるのはまた今度!!笑汗汗💦

それはまだ克服してないという。笑

 まぁ、いっか。…笑

 

 

もし、強迫性障害者の人に、私だっていつも何かに追われてるんだから。とか、それ全然できていないわ。とひどく否定したり、責め立てたりしてしまうと、その人はとことん自分を痛めつけ、自分を追い込んでしまいます。

だからといって、仕事で、できていないことをできていないよと言わないのは、その人にとっても良くないことです。

なので、そんなときは、怒ったり、責めたりせず、こうしたらどうかな。こういうやり方もあるよ。と広い器で、優しく教えてあげてほしいです。

その人を責めるのはその人だけでもう十分なのですから。

強迫性障害を抱える人も、ゆっくりとでいいので、挫けず、一つずつ壁を乗り越えていくことが大切だと思います。まぁいっか、まぁ大丈夫。という余裕を自分の中に少しずつ増やしていくのです。

 

なんだかストレスてんこ盛りなこの人生を

楽しく、幸せに生きたいならば、

 

ストレスな時間をいかにストレスレスに過ごすか、いかに楽しく過ごすかが鍵であると思います。

 

嫌いな人と話すのはとてもストレスが溜まります。

もしその人と2人きりになるなんて大変ストレスです。

でもそこで、この人嫌い。と終わりにしないで、なにか一つでもその人のいいことろを見つけるのです。

 まず、人に興味を持つということは大切です。

その人にもその人の人生があり、辛い何かを乗り越えここまで生きてきて、その人には親がいて、もしかしたら子どももいて。深入りするとはまた別で、その人を広く深く受け止めるのです。

 

とはいえ、嫌いな人は誰にだっていますよね。

嫌なものは嫌ですよね!はい!当然です。

 

 

好きになれなくても、まぁいっか。笑))

 

楽に楽に。

 

まぁ、いっか。

 

 

ふわふわ浮いた私の足👣

最近、暖かくなってきましたね。

今私は隔週通っている精神科の待合室にいます。

 

花粉の季節に突入し、花粉症の方は大変ですね…

私も、猫好きの猫アレルギーなんですが、猫を飼いだしてから、アレルギーが発覚するという史上最悪な事態で苦しんだこともありました…。

羽毛布団もダメなんです。

症状もなかなかひどくて身体中痒いし目は痒いしくしゃみや咳が止まらない…

でも、猫に関してはもーかわいくてかわいくて、ついつい抱っこしちゃうんです。♡自ら地獄のアレルギーに飛び込むわけです笑。

今は外飼いでほぼ野生化した猫と時々戯れては、くしゃみをしている程度です。

だから一日中くしゃみや目のかゆみと戦っている花粉症の方は本当に大変ですよね。父と兄もひどいので、なんかほんと、もう、お気の毒に…って思います。

そういえば、父は花粉ハーブというものを一年飲んでいて、今年はあまり酷くないとのこと。なにか習慣づけるのって大変ですが花粉ハーブ、効く人には効くみたいですね!

猫ハーブないかなぁ…

 

それはさておき、春ですね。

春って昔から嫌だなーって思ってました。

別れや新しい出会い、前へと進むという季節でまわりもなんとなくソワソワして、寂しい気持ちや焦る気持ちでいっぱいになって嫌だなーって思ってました。

日々夢を追う私でしたがなんとなく浮き足立っていて、周りからいつも時間の使い方が下手と言われていました。確かに、やることやらなきゃいけないのにその時やらなくて、後になって焦ったりってそういうことの繰り返しで、そんなんじゃ夢叶わないよ。と頭の自分に言われて、そんな毎日も嫌で嫌で仕方ありませんでした。

  

最近の私の体調で気になることと言えば、前も言った通り、少し過食が気になります。そして薬が変わったからなのかまた再発してしまった肩凝り…3歩進んでは2歩下がり、そんなことを繰り返し、先は長いなぁと感じます。

 

けれども、よくなったこともあります。

前にも書いたように、今は毎日やることをタスク化し、ToDoPointをどんどん貯めて行くシステム(のちに何かご褒美が…)にしてモチベーションを保ちながら日常を取り戻していこうと、日々努力しています。タスクっていってもほんと皆さんからしたら当たり前のことなんですよ。

 

そして、今やるべきことをSimple Routineというアプリを使用して通知してもらうことにしました。

今はこれをやりなさいと通知されたらその場でそれをこなしていくのです。

 

まず、午前の部では、毎朝6時半に起きましょう。できたら1ポイント。ご飯の支度をしましょう、ご飯を食べましょう。その後家事手伝いをしましょう。部屋の掃除や身支度をしましょう。それからヨガやラジオ体操、ストレッチなどで体を動かしましょう。

そうやってどんどん指令に従ってポイントを貯めていってます。

午後の部は四時まで自由時間で、買い物したり散歩をしたり、絵を描いていい時間。それらはまだあまりできてないですが。四時からは趣味でやってる英語の勉強をしたりしています。

なんだか学校の時間割みたいです。

そうそう、私は小中高と、今まで過去に戻りたいなんて思ったことはないと書いたことがありましたが、

実はあれはちょっと嘘で、

少しだけ戻りたいと思ったことがありました。

 

小中高と専門で、課題や何やらに追われる生活をしていて、いわゆる宿題というものに追われ、なぜか自分の将来の夢にさえ追われるような形になって、正直毎日がしんどかったです。

 そして毎晩ゾンビに追われたり、お化けやこわいなにものかに追われる悪夢を見ていました。

 しかし、卒業が近くなり、就活や進学へ向けて準備をするとき、途端に私は自由になってしまうのです。

中学から高校、高校から専門学校へ行くときもそうでした。

別に誰かに行けと言われて行ったものではなくて、行きたくて行ったのです。

もしかしたらそうではない人もいたかもしれませんが、私はそうでした。

そして今、就活をしていて、課題もほとんど無くなり、追われるものもなくなりました。

就活には宿題や課題のように正解もなく、これまでのことを活かしたりして全て自分で考え行動し、内定もらって働いて、生きていく。いわゆる自立というものに突入しようとしています。

 

一人暮らししてもいいし、実家暮らしでもいい。

無数にある会社の中でどんな会社を選ぼうか。

外に出なくとも家で家業を手伝うという手もある。

女の子だし、お嫁に行って養ってもらおうか。なんちゃって(笑)

 

そう。私は今いろんな自由を手に入れてしまいました。

夢を追うにも、どうしたらいいのだろう。マニュアルがないのです。

生きて行くということを急に突きつけられ、なんだか恐怖を覚えました。

 

学生の頃のように先生から出された宿題を淡々とこなしていってた頃がどれだけ楽だったのかと思い知らされました。

 

とある宿題で、先生から全くお題やルールを指定されず、ただ原稿用紙5枚以上何かを書きなさい。

と言われた時に、ほとほと困り果ててしまうようなそんな感じ…

 

その時学生ってよかったなぁ。と思いました。カチカチのルールで宿題を出され、出せ出せとやかましく言われてたあの頃が懐かしい。

先生に従っていれば道に迷うことのなかったあの頃が。

 

最近、タスク化した自分のリスト、時間に少し縛られている自分を見たとき、なんだか学校みたい。思って、なんとなくわかったのです。

これまで学校は、きっとそういうことを教えていたのだと。

1日1日を生きること。

毎日、やるべきこと、できること、をやる。ということ。

 

何かに縛られたり、追われたりすることがものすごく怖かったけど、それを苦と感じるんじゃなく、楽しい何かと一緒にコツコツゆっくり、目の前にあることを順繰りこなす。毎日をこなす。規則正しくこなす。

それが今やっとできてきていることに気づきました。

 今まで言われてきた時間の使い方。とやらが

やっとわかったような気がしました。

ありがとう、学校、ありがとう先生。そしてありがとう、いやいやだったけど通った私。学校って本当にいろんなことを勉強する場だったなぁと思いました。

 

私は、今毎日を生きれていて、
毎日やるべきことをやる、ということができてきている。
自分で生きていくとはこういうことか。自立という本当の意味。
今までフラフラ宙に浮いていた迷える私の足が
やっと地に着いたように感じました。

 


私の道が少しずつ見えてきました。

 

 

 

ミーはミーハー。

 

 

みなさん、ミーハーという言葉ご存知でしょうか?

でしょうね。笑、

 

ミーハーとは、世の中の流行や芸能人の動静に今まで無知の人が熱中したり、影響を受け知ったかぶりの行為をする者(主に若年の女性)に対しての呼称である。 通常はカタカナで「ミーハー」と表記するが、かつてはみいはあ、みいはあ族などと呼ばれた事もあった。
 - Wikipediaより

 

おー…

私未だにミーハーと言われるとドキッとしてしまうんですが、

私はかなりのミーハーです。ミーハーになりました。

 

なぜならば。。。

 

私の性格は前にも書きましたがかなりこだわりの強い性格で

昔からもつ、強迫観念により好きになったものには

かなり執着してしまうのです。

例えば、森山直太朗さん。かりゆし58。。。

題名の通り私は好きなものがたくさんあるので

これくらいにしておきますが、

大ファンです。大大大、大ファンです。

小さい頃から、なんならかりゆしはデビューした頃から好きでした。

なので、注ぎ込もうと思ったら相当な大金をつぎ込みます。

CDは、聞くものと、保存しておくもの2つ買ってしまいたいほど。

かつてはそうでした。

CDを開けてもCDを包んでいたフィルム、値段のシールなど

全てを取っておいてしまうのです。

そして、私の1番恐ろしい言葉…

 

"初回限定盤"

 

通常盤まで買っちゃうんですよ、もー。

ま、いいんですがね。本当に好きなので。

ただ金使いまくり。
でも私の絶対ルールその丸いくつかに、
貯金は絶対。というものもあり、かなり苦しみました。

そもそも両親からお小遣いをもらっている身分で

そんなに大金、、、アホか…と。

 

そんな悲惨な時代に、ミーハーという言葉を知りました。

私はその当時、ミーハーって大っ嫌いでした。ごめんなさい。

なぜならば、私はそのものたちの

世界一のファンだと思っていたからです。

誰よりもそのものを愛している。完璧主義です。

お前に何がわかる!!という感じに。

荒れてますね…

 

まぁ自分は世界一のファンだと思うことはいいとして、、

 

強迫性障害という病気に気付いたとき

気付いたのです。あぁそれって何かがおかしい。

完璧主義ファンであることにとても疲れている自分がいる。と。

んじゃ別にミーハーいいじゃない。と。

 

考えてみたら、世界一のファンってなんでしょう?

初回限定盤も通常盤も保存用、使用用を買っちゃう人が

世界一のファンなのでしょうか?

ライブには毎回行くのがファンでしょうか?

ファンの集いに参加しなくてはファンではないのでしょうか?

まず、まず、世界一なんて誰が決めるんですか。

その人がそのもののファンだ、そうじゃないだなんて、

誰が決めていいのですか?

 

好きにはそれぞれの好きがあり、

この人の歌詞が好き、曲が好き、人が好き、

どれも全然悪いことじゃないです。むしろ素敵なこと。

誰もそれを否定することはできません。

否定することこそ、それこそ、お前に何がわかるですよ。笑

私は今までそういうことを人にしてきたのです。

それに気付いたとき、ミーハーバンザイ。。。!

こういう極端なところも私の悪い癖ではあるんですが、

好きがいっぱいあるなんて素晴らしいことです。

嫌いがたくさんあるよりずっと楽しいし、おもしろい。

私はそれを知っていたのにわかっていなかったのです。

 

この人追っかけてるわけじゃないけど

癒されるなー、なんか好きだなー。

それでその人の出ている番組全てを追っていなくても

それはいいのです。それは間違いなく好きです。

 

そもそも人に対してミーハーという人はどいうことなのでしょうか。

そのものの何を知っているのですか?

その人の何を知ってるのですか?

すぐ飽きてしまって別のものを好きになったって

いいじゃないですか。完璧じゃなくたっていいじゃないですか。

誰がそれをダメと決める権利があるでしょう。

 

私には今、ここでは書ききれないほど好きなものがあります。

お前って多趣味だよなー。

と、よく言われるし、私自身も多趣味だと感じます。が、

そう言われるたび、好きなもの全てを頭の中に思い浮かべることができません。多すぎるので。

前はそういうことじたいも大嫌いでした。

ファン失格だと思っていました。

好きなものは全てその場で言えなくてはならない。

と腕にメモしたり、

何かに書き込んでは常に頭の中に叩き込んでいなくては

いてもたってもいられなかったのです。

思えば結構異常ですが、

今はそういえばあれも好きだったなぁ。ということが多くなりました。

それは、ミーハーでいいんだ。

別にいつもそれが心にあるということが、

それを極めるということが

ファンというわけではないんだと気づけたからです。

 

そう思ったらタガが外れたように溢れるくらい好きなものが増えました。

 

これも好きあれも好き。

 

とっても最高の気分です。

 

残念ながら私は流行には疎い方なので

自分がミーハーなのかさえよくわかっていませんが

 

多趣味で、なんでも好きで、

なんにでもなりたいミーはミーハーです。

そしてそれらすべての世界一のファンです。

 

 

 

恐怖のバレンタインシュタイン…

 

最近、吐き気や息切れなどなど

動くことができないほどの症状は薬のおかげで出ていないので

今日から少しだけ無理をするようにしてみました。

日々、最低でもやるべき何かを

"リズムケア"というアプリにタスク化し、

今までできなかった何かをこなし、

チェックするたびに1ポイントといった形で

モチベーションを上げながら行うことに決めました。

 

やらなきゃいけないことと言っても、

自分の食事を準備し、食べる。

これで2ポイント。

健康な人にとっては驚くほど簡単なものです。

 

貯めたポイントで、何か自分にご褒美をしたいものです。

でも、思いつくものといえば…

 

 

今、私生活で最も喜びを感じるものは"食"です。

今ようやくいろんなものが美味しく感じます。

もともと好き嫌いがないので、

あとは食べることをしっかりと習慣付ければいいだけで、、

毎食毎食幸せです。

 

それはさておき

私は寝る前にリフレックスという薬を服用しています。

この薬は、なかなか強烈で、麻酔を打たれたかのように眠くなる薬で、

夜しっかり熟睡できていなかった私を救ってくれた薬です。

飲み始めてから1週間近くが経ち、体も慣れて

服用してもフラフラしてしまうということはなくなりました。

 

順調です!

 

 

しかしぃぃ!!

これまで全く甘党ではなかった私が、チョコをボリボリ。

クッキーボリボリ。マフィンをボリ…マフマフ…

なんとまぁな状況です。

 

ネットを見てみると、服用すると甘いものを食べたくなるという人や、

過食症になってしまう人も中に入るようです。

 

そんな中…おぉぉおぉ…きてしまいましたバレンタイン!

ありがたいことにたくさんのお菓子をいただきました。

そのどれもが身体中に染み渡るように美味しかったです。

でも。毎日食べ過ぎてしまっていて、ちょっと困っています。笑

鼻血が出ちゃうんじゃないかってほどです。

今まで、ご飯が美味しく感じれなかった私には

ありがたい悩みですが、このままでは、あなた誰?

となってしまいそうです。焦

あまり食べ過ぎは体に良くないので、ちまちま食べてるつもりでも

あれ!!!もう無い!!!

ということで、

いただいたバレンタイン、(もう)ごちそうさまでした。

 

ほんとにほんとに心の底からありがとうみなさま、

そして食材たち、可愛い包装紙たち。

でもあまり美味しすぎるものにならないで…

 

恐るべしバレンタインシュタイン。

そんな甘すぎるバレンタインデーを過ごしました。

とっても幸せでした。

 

 

幸せって?

 

幸せってなんでしょう?

この世の誰もが幸せになりたいって思っていると思います。

もしそんなことない私は不幸でいい。という人がいるならば、それは不幸になることで、幸を得てることに気づかないでしょうか。

 

前の記事を読んだ人は知っての通り、

私は今、うつ病です。

私は鬱なんだー!辛いんだー!だから助けるのは当たり前でしょ?可哀想と思ってよ!と悲劇のヒロインのように自分勝手に生きていけたら楽ですが、うつ病患者はかなり、肩身がせまい思いをしています。

仕事を終え帰って来た母を手伝うこともできず、両親の1日の楽しみでもあるテレビも、私のせいで見ることができず、映画も観れない、どこにもいけない、大きな音を出さないで、怖い怖い。そんなことばっかりで、申し訳なさでいっぱいで、その都度私ってなんで生きてるの?ほんとに生きてていいの?と思っていました。

私の母は、私のその想いを手に取るようにわかってくれました。私の母は、忙しいながらも、うつのことを片っ端から調べ、誰よりも努力し私の支えになってくれる一番の理解者です。

 

私の家は自営業で、父母兄、そのほか3人の従業員達と造園土木の会社を経営しています。父はものすごい頑張り屋で苦労してたくさんの仕事をとってきて、ありがたいことに父の会社は大忙しです。そんな大忙しの毎日に、急にひとり、うつになった家族ができたわけです。たぶん、口には出さなくとも超迷惑だったと思います。

そんな中、母は誰よりも私の痛みや苦しみを理解して、私を心配し、仕事を休み、家にいたいと父に訴えました。父や兄は優しいけれど、うつに対してほとんど理解がありませんでした。そんな2人に母は私の知らないところで涙をこらえながら私の辛さや痛みを訴え、父や兄はうつを理解しようと努力してくれるようになりました。

抗うつ薬を処方されてからしばらく経ち、母がつきっきりの毎日を送るようになりました。猫の手も借りたいほど大忙しの父の会社を横目に、申し訳なさでいっぱいでした。

朝私を起こし、決まった時刻に薬を飲ませ、朝昼晩とご飯を作ってくれる母のおかげで私の生活習慣はかなり改善されてきました。ただ、未だに蒸かしたジャガイモを潰したもの、うどん、とにかく喉ごしの良いものしか食べてはいません。噛むこと、飲み込むこと、食べ物を口に運ぶことが億劫で仕方がないのです。

隔週で精神科に行き、何度も何度も薬が変わりました。

今、朝晩、セニランセルトラリンを1錠ずつ、寝る前にリフレックスを1錠飲んでいます。そして頓服薬として、アルプラゾラムが処方されています。

そして今、身支度をしたり、少しの間なら母と一緒に買い物に出たり、徐々にできることが増えて行きました。

吐き気や息苦しさもずいぶんなくなってきて、

顔色が変わったとみんなから言われて、治る兆しが見えてきました。

 

そこに行き着くまで、それまでにたくさんの幸せとありがとうがありました。近くで支えてくれた母と母の分まで必死で仕事をこなしてくれている父と兄。私の大切な元彼。専門学校の、卒制を一緒に作り上げたメンバー。そして今心から言える親友達。祖父母たちや、いろいろな人やもの。

これまでひとり身勝手に孤独を感じ、信じることができなかった私の周りのすべての人達に心の底から感謝し、それと同時に私の存在価値を知ることができました。ごめんね、迷惑かけて。と言うたびに、何を言ってるの、あなただって助けてくれたじゃない。お互い様でしょう。とみんなが手を差し伸べてくれました。

 

相談をされて、親身に聞いてアドバイスをしては、さほど気にしていない当人を見て、愕然としたり、人の相談事にその人以上に親身になって努力して、ただのお節介になってしまって…これまでたくさん人に絶望して、誰も信じずひとり孤独に生きてきたつもりが、実はそうではなかったと痛感しました。

 

私の人生にはたくさんの人がいました。

そして誰かの人生にも私がちゃんといました。

辛い時、私だけのために動いてくれた人がたくさんいました。

たくさん辛いことがあったけど、自分はすごく恵まれた環境にいたことに気がついて、これまで当たり前だったことが幸せに変わりました。

うつになったことで死にたくなるほど苦しかったけれど、あふれんばかりの幸せをいただいた。

 

食べ物が美味しく感じた。

着替えができた。

歯磨きできた。

靴を履けた。

玄関を開けた。外に出れた。

怖かった風が気持ちいいと感じ

うっとおしかった太陽の光が美しいと感じ

真っ暗なベランダで

月の街灯にキラキラ照らされた

 

近頃うっとおしかったこと、胸くそ悪く感じてたものが幸せに感じます。涙が出るほど満ち足りた気分になります。

すると、何処かに行ってしまったはずの、あの頃の私が少しずつ音や匂い、色を発して戻っているのを感じます。

 

ただの砂を見て、見える見えるビーチが見える。

孤島が見える。木々が生い茂ったジャングルも。

iPhoneにつけた水色のクルクルキャッチが見える見えるタヒチの海に見える。

カップの柄が見える見えるお花畑に見える。

 

あぁ、帰ってきた、帰ってきました。

 

なんのへんてつもないものを見て物語や情景が頭の中をぐるぐる回って、毎日が楽しくて仕方なかったあの頃が。ほんとは私、誰よりも幸せを知っていたのです。

 

今はまだ、できることが限られて苦しい時もある。

けどもうすぐ、もうすぐ良くなる。そう言う風に感じます。

 

 

もうそろそろ絵が、描けるかな。

私はどこ?

 

食べる事、夜寝ること、朝起きること、着替えること、今まで大好きだったことをすること、テレビをみることも音楽を聴くことさえもできなくなり、ついに神経科に行きました。私がうつになってから、騒がしかった我が家は信じられないほどの沈黙に包まれていきました。

強烈な疲労感や脱力感、吐き気がするのになぜか吐くことはできない。嘔吐恐怖症にもなっていきました。常に誰かを肩車しているような異常な肩こりと地面に吸い込まれてしまいそうなほどの眠気、座っているのに息切れして、何かの拍子に襲ってくる過呼吸に耐える日々。

いつ過呼吸やあのなんとも言えないザワザワが襲ってくるかという予期不安にも怯え、大好きだった映画を観ても、感情移入し過ぎて胸がいっぱいになり、苦しくなって観ることもできない、小さい頃から好きだった絵も描きたいと思えなくなりました。

楽しく会話している人を見るたびに、どんどん世間から置き去りにされ、同じ夢を追いかける仲間たちがどんどん成長する姿を見て、自分だけ時が止まってしまっていて、水の中で息をするような呼吸を続けているうちに死にたい、どこかに消えてしまいたい。そう思いました。

しかし、どうやって死のうかと思うたび、母や父、兄の顔が目に浮かび、離れたくないよ、さみしいよ。と、思いとどまることができていました。

 

家のカウンターテーブルに吊るされたラベンダーの詰まったカエルの飾り物、その意味は大事な人が無事帰る、〇〇がかえる。みたいな縁起物。私はそのカエルを両手で包み込み、毎晩泣きながら帰ってこい帰ってこい私、帰ってこい。と心の中で叫んでいました。

 

昔の私。自由で感受性豊かだった私。

不器用な手つきで爪に塗った紺色のマニキュア。

それを見ただけで満天の星や天の川見ることができて、宇宙飛行士にだってなれた。ラベンダーの香りを嗅げばラベンダー畑に飛んでいき、波の音を聞けばすぐにタヒチに飛んでいけた私。なにもかも、全てになりきれた私よ戻ってこい。

 

この会社はかつての私のようになんでも自由に表現したり、なににでもなりきれる場所、私の象徴です。

私の夢や想いを誰かに押し付けたり、そんなつもりはありません。

この会社はとってもとっても自由です。(犯罪とかは別にして…)

会社見学中、みなさんが少しでも嫌なことを忘れたり、時間を忘れたり、クスッと笑えたり、暇つぶしをしたりできたらいいなと思います。

今後この会社は、社長の体調と相談しながらですが自由に大好きだった絵を描いて載せてみたり、夢を語ってみたり、思いをつづっていこうと思います。

 

それに対してどんないいことでも、悪いことでも、コメントをしなくても、じっくりと文字を読まなくても、なんでもいいので、なにかしら意味のあるものになればいいなと思います。