SOYBEAN's Inc.

社長は思います。もっと楽に、楽しく。生きていきたい。この度新しく会社を立ち上げました。SoyBeanです。 社長はというと、うつ病・強迫性障害と日々戦っています。

先走るとこわい食事とバイト。

 

 

満腹感がこわいです。

調子に乗って食べすぎるとあとあと大変なこの病。

うつ病になってから腹8分目がとても重要になりました。

勢いに任せた食事は命取り。。。

たとえ8分目でもすっごく具合が悪くなります。

なんていうか、満腹感というのがたまらなく辛いのです。

待ち受けるのは吐き気や冷や汗、お腹にどしんと石が乗っかったようで、起きているのも辛くなるのです。。

うつ病あるあるでしょうか。

 

 

 

前回のブログで、バイトを始めたと書きました。

2日間バイトに行ってその週末、

ものすごくダウンしました。

バイトは楽しかったのでなんで具合が悪いのか最初はわかりませんでした。

とても辛くて、バイトを休もうかと考えましたが、

 

ここであきらめたら復帰できないかもしれない。

それにもしこれでいけたら今後の自信にも繋がると思う。

 

そういう考えでバイトには行く気満々でした。

症状は主に動悸や、倦怠感、体が重い、いろんな音や色などの情報に頭が混乱してパニックになってしまったりでした。

 

バイトの日、病院に行き、症状や今の状況を相談をしたところ、

「少し早かったね、ちょっと急いじゃったね」と先生に言われました。

バイトを辞めることになりました。

 

今思えば、もう少しでまたぶり返してしまうところでした。

 

病気になりたての頃よく聞いていた、"3歩進んで2歩下がる"という言葉が今になってようやく理解できました。

あれだけ期待を持ってバイトを始めたので気持ちはドスンと沈み、もう社会復帰なんかできないのかもしれないと思ったりもしました。そして優しくしてくれたバイト先にも申し訳なくて、

正直、ほんとにショックでした。

 

私は、ここにきて挫折しました。

 

けど、人のことを考えたり、先のことを考える余裕がないくらい辛かったのが、外に出て挫折できるまで回復したんだと思いました。

 

バイト先に正直に今の状況を話したところ、

辞める。じゃなくてしばらく休んだらどうか。と

提案してもらいました。

本当に優しいことばをかけてくれ、私に合わせて今後のことを話し合ってくれました。

 

今も体調は良くありません。

だからいただいた休暇でちゃんと体調をたて直し、またコンビニ店員にトライしたいと思います。!!

 

ほんとにいいお店に巡り会えました。

 

 

 

これから何度も挫折を繰り返すと思いますが、

きっとその都度成長できるんだと思います。

コンビニ店員S

 

久々に現れて 

立て続けの投稿ですが、(しかも内容が暗い~)

 

実はコンビニでアルバイトを始めました。シフトはお昼

日中の運動、人とのコミュニケーションのリハビリ、お金を貯めたい、社会勉強、、色々な思いや考えがあり、両親と相談して決めました!

 

外に出たいなと思うときが増えて、自分がうつ病であることを忘れてしまうほどよくなってきました。この頃『なにかに焦る』ということがなくなっていました。パッとしない毎日を送り、毎日社長出勤で、まただらけた生活に逆戻り。会社にも両親にも申し訳ない気持ちがありながらも、なんとなく甘えた気持ちもあってか、自ら率先して動くことができなくなっていました。そういう毎日に、喝を入れるべく、母の言葉『甘えられる環境の中で自分に厳しくなれたら、すごいよね』を胸に毎日を忙しく過ごそうと決めました。

 

面接はとても緊張したし、アルバイト初日、仕事をたくさん教えてもらったり、久しぶりに知らない人と話して、ヘトヘトになりました。他人と話すことへの免疫力が相当低下していると実感しました。体力も相当落ちています。でも夜久しぶりにぐっすり寝ました。good!

 

ところで、数あるアルバイトの中で、コンビニに決めた理由は、最近のコンビニは買えるもの、できること、山ほどありますよね。客としてはありがたい話ですが逆に店員さんからしたらやることも増えて大変ですよね。だから社会勉強にはぴったりだと思いました。思った通り、1日や2日で覚えられるような代物ではありませんでした。これまでたくさんコンビニに立ち寄ってきたけど、中の様子を見ているようで見ていなかったのだなと思いました。というか、周りを見てなかったんだなって感じです。昼時は暇そうって思われがちですが、朝のピークが終わり夕方のピークに向けお店を立て直すためにすごく忙しい時間帯でもあるのです。

 

そして、仕事を教えてくれるのはリーダーのレッドおばあちゃん。優しくて、明るくて、会って話をするためにコンビニに足を運ぶ客がいるほど人気のレッドおばあちゃん。おんなじことを何回も言っちゃうレッドおばあちゃん。何度失敗しても絶対に怒らず、フォローしてくれるレッドおばあちゃん。全然面白くないところでウフフッッツとかアハハァッッツって店内に響き渡るほど甲高い声で笑っちゃうレッドおばあちゃん。私はレッドおばあちゃんの孫の2個下なんだとか。私が生きている年数よりもながくコンビニで勤めてるベテランなんだとか。最近の私の頭の中はレッドおばあちゃんでいっぱいです。

店長や、先輩も優しい人ばかりで、当たり引いたなぁと思える職場で、外の世界に出るためのリハビリにはとてもいい環境です。

 

しかしまたしても問題が、、、。

 

新しい仕事を始め、ささっと覚えたい!すぐにでもプロフェッショナルになりたい!すぐさま結果を出したい!という悪い癖がまた発動、しかけました。タバコの銘柄を暗記したい!だとか、商品の配置を暗記しようだとか、他の店舗を見て回って色々予習してみようかなとか、全部を全部、すぐに頭にたたき込もうとしてしまう昔からの癖です。

そういう1つ1つの小さな癖やこだわりは、私が心を病んだ原因でもあるので、ゆっくり覚えるというスタンスで、のめり込みすぎに注意します。

 

あ、あと、

生まれて初めて、廃棄の作業をしました。

その日いつもより廃棄の量が多く、序盤からかなり胸が痛み心が疲れました。

本当にもったいないぃいーーー涙涙涙涙涙

本当に捨ててるんですもの!そりゃそうだけど!

1週間くらい生活できそうな数の品々、、、

お腹痛くなっても文句言わないから破格で私に売ってくれ!!!って心の中で叫びました。

けど廃棄出るたびに買ってたらお金たまんないかっ笑

フライヤーもそうですが、廃棄が出ないように計算して作って売るのってとても難しいことです。

父も、仕事が途切れないようにしなければならない、けど仕事が多すぎてもいけない、というもはや『賭け』に毎日頭をフル回転。

経営するってことは本当に大変なことだと思いました。

 

けどやっぱりこうやって自分の過去やコンプレックスばかりに悩むんじゃなくて、いろんなことに興味を持って、考えたり感じたりするっていうのはとてもいい刺激です。

 

今後も、本業の事務仕事を頑張りながらアルバイトも頑張っていこうと思います。

 

 

                                                              コンビニ店員S

 

 

もしもひとつ願いが叶うとしたら

 

 

いつかの朝、

通院中の病院の待合室でHSPに関するチラシを目にした。

 

確か前に就職活動をしていた時、

長所の記入欄に感受性が豊かだと記入した。

感受性という言葉の意味を間違って捉えていないかと不安になって

インターネットで調べた時に一瞬目にした言葉だった。

 

 

私は気になって順番待ちをしている最中、インターネットで検索した。

https://hikaru3.com/hsp-ni-tuite/

HSP、The Highly Sensitive Person(とても繊細な人)(ザ・ハイリー・センシティブ・パーソン)

そのサイトにはどのくらい自分が物事に敏感か診断するためのテストがあった。値が60点以上ならHSPの可能性が高いというもので、私の得点は139点だった。

 

 おそらく、私はHSPだ。

 

そのサイトに書かれているものを見た時に、

私だけが変なんじゃないんだ。と今まで自分の感情に抱いた疑問が一気に解消されたかのようでスッキリとした。

 

私は、強迫性障害全般性不安障害、そしてHSPを小さい頃から抱えて生きてきた。

少し前に診断された自律神経失調症の症状によって、嘔吐恐怖症でもある。でも昔から吐くのを我慢する癖があったのは覚えている。

そして、少し痛いだけで癌ではないかと深刻に考え込んでしまい医者に駆け込む、癌恐怖症でもある。

外見に異常なほどのコンプレックスを抱え、

それらの精神疾患が元で、今ではうつ病を患っている。

 

精神疾患についてインターネットで調べていたとき、

精神障害という言葉を目にした。

 

あ、私って精神  障害者なんだ。

 

スッキリとしていたはずの胸に、どしんと大きな石が乗っかった。

 

五体満足で産まれ、何不自由なく、健康そのもの。

多少体が弱くても、それは障害と呼ぶほどのものではなかった。

これまで障害を持った人に出会っても、差別的な目で見たことはない。私には想像もできない苦労があるだろうと思っても、障害のない人にもそれぞれ苦労はあるし、みんな平等に愛情をもらうべきだと思っていた。

障害なんてものは、みんなの顔が違うことみたいに感じていた。

 

そう思っていた。

 

20年生きてきて、初めて突きつけられた

障害者という言葉。

衝撃的で、とてもショックだった。

でも確かに見えない障害をたくさん持っている。

自覚してしまって、涙が出そうになった。

急に怖くなって、とても不安になった。

夢や、憧れたものから、一気に遠ざかったかのようだった。

こんなことを言えば不快に思う人もいるだろうけど、

私は私自身を軽蔑したのかもしれない。

また、そういう自分をも軽蔑したのだと思う。

 

 

 

帰宅してから、私はリビングのソファーで横になった。

そして思い出すのは家族の顔。

それから今日のことをまた思い出した。

母に、今日のことをメールした。

そしたらすぐに、気に病まないで!と返ってきた。

 

母とは似てるところがたくさんある。

おそらく、精神的な病は母譲りだ。

だからいつも私の気持ちを1番に理解していつも私の味方だった。

自分に対しては人一倍ネガティブなのに、私にはいつも前向きな返事をくれる母。

母に話すといつでもなんでも自分の悩みはちっぽけになる。

でも、今日は少し違った。

母のメールには、うん!と返した。

それ以外何も言葉が浮かばなかった。

夜になっても気分は沈んだままだった。

一日中悩んで、むしろ悪化した。

 

母とお風呂に入って、今日のことをまた、話した。

そして、私のわるい所が似ちゃったんだね。と言われた。

 

ふと思った。母のそういうところを、わるい所だと思ったことないや。

むしろ情の厚い、心の温かい母を尊敬して生きてきた。

 

ん?、これは長所じゃないか

私は人よりも、繊細で、複雑で単純な、色んな感情を持っている。感情の起伏が激しくて、笑って怒って泣いて、また笑って。だからなんだっていうんだ。私は幸せをたくさん知っているし、私は人より人らしいのかもしれない。

気持ちが吹っ切れて、またいつもみたいに母に将来の夢を話した。

そしてまた、ニュージーランドに行った時見た満天の星の話、夜飛行機の中で見た景色の話もした。

夢と神秘で満ち足りた気持ちになって、すっきりしたと思ったら、またすぐになにかのことで悩みだした。そういうことをなんども繰り返す。

 

それが  私  らしい。

 

 

『もしもひとつ願いが叶うとしたら?』

 

携帯から流れる音楽が、私に問いかけた。

これまでなんども問われた問題。空が飛べるようになる?食べても食べても太らない体になる?お金持ち?不老不死?でもそれら全て幸せとは限らない。

 

しばらく考えて、思いついた。

 

 

こんな自分を心から愛せるようになりたい。

他人と比べたりしないで、

私らしく。自分は自分。と言いきれるくらい。

 

 

そしたらきっと、

幸せを知ってるだけじゃなくて

幸せになれるのかもしれない。

 

 

しかくい世界

 

どうして人は

 

人を誹謗中傷し、追い詰め陥れるとき

あんなに一致団結できるのか

あんなに夢中になれるのか

 

いつもは全然違うのに

 

 

どうして人は

 

人を責めたてるとき

あんなに目がギラギラとするのか

あんなに生き生きとするのか

 

いつもは全然違うのに

 

 

私も、そうなのだろうか

生きるというのはそういうことなのだろうか

 

 

人が人と協力することは、応援することは

人が人を信じることは、愛することは

 

 

そんなに難しいことなのか

 

 

薄っぺらい、しかくい世界は

どうして

こんなに悲しくなるのか

 

ライバルはスーパー内気、、、

 

 

こんにちは、久しぶりの投稿です。

最近はまたさらに体調も良くなり、

外に出たいという意欲が湧いてきました。

薬を忘れてしまうことがあるくらいです。

 

これまで、随分と不規則な生活を続け、

規則正しい生活を取り戻すのにかなり苦労しました。

 

父の会社の事務仕事も、余裕のない状態で行なっていました。

 

本来やりたいことではないから、

だとか

自営業だから、

だとか

考えているつもりではないけれど、

結果的にそんな風になってしまっていることに気づいて

両親や兄には申し訳なくて

辛くなりました。

 

最近このブログを振り返ることがあり、

もっと病気がひどかった時の方が

死ぬ気で頑張っていたように感じます。

今、こうなりたいという強い思いにかけているのかなと思いました。

 

 

そんなマンネリしたような退屈した気持ち、

 

振り切るのって大変です。

 

 

母とそのことを相談しました。

するとこう言われました。

 

自営業とか、あなたが前になりたいっていっていた

フリーランスとか、常に自分と戦っていてほんとにすごいよね。

そういう人っていうのは実際楽したいだけ楽できる。

けれど、そのシワ寄せは全て自分にのしかかってくる。

楽するっていう選択肢がすぐそこにありながら自分で尻を叩いて仕事を探して仕事するってかなり大変だってこの頃気付いたよ。

 

そう言われ、

今の自分と重なり、

自分と勝負する必要があると気づきました。

ライバルとか、人の目とか、結局最終的に行き着くのは自分なのだと思いました。

他人のライバルをつくっても、結果に満足するもしないも、自分で決めることだと思います。人の目を気にするのも、こう思われるんじゃないかという思いも、ほとんどが自分の主観です。世の中にはいろんな考え方がありますが、すべての考え方に合うようにするなんて不可能です。

 

なら、自分がなりたい自分になるために

自分と勝負していくのがいちばんなのだなと思いました。

 

もし、今のようにとても自由な状況で自分に勝つことができたら、

今後の自分に勝てるような、、、

大きな自信につながるような気がしました。

 

今自分はどうなりたいのか

そういう思いと常に向き合っていければいいなと思います。

 

内なる弱い自分に勝負する、、、

ってめっちゃくちゃ内気なくせに

なによりも手強いんですよね、コイツっ

 

 

ひとりごと、プチ日記

 

目が覚めて、外に出るともう太陽は1番上まで登っていた。

 

熱と湿気がこもった風をうけて

着替えたばかりのTシャツに、じんわりと汗が滲む。

だる〜い気持ちでいっぱいになって、また家の中に入ろうかと思った。

でも、家の中に入ることも躊躇してしまうほど

寝ても覚めてもいつもと変わらない光景ばかりが続いて

玄関前に停めてある私の車はいつも通り薄汚れていた。

玄関にはいつも通りサボテンがいた。

でも、土はカラカラにひび割れていた。

 

思い出した。

家の裏の植木にも、しばらく水をあげていないこと。

 

最近ベランダに植えたミニひまわりとラベンダーのあまりの成長の早さに愛くるしくなり、溺愛。外で暮らす植木たちのことをすっかり、忘れてしまっていた。

 

さっそく、私はとぐろ巻いたホースを引っ張って

まず玄関前のサボテンや、植木に水をやった。

サボさんは相変わらずおっきな花を咲かせていた。

涼しいベランダの新人さんたちを溺愛してうつつを抜かし、過酷な外の住人にムチを打つひどい鬼が主人でも、

こうして強く生きている。

サボさんのことも、大好きなんだよ。と思いながら水をあげた。

たぶん、あの様子からすると伝わっていないだろう。

サボテン以外の植木鉢に植わっている植物は

何が植わっているかわからないものばかりで、枯れているのか生きているのかもわからない。

たぶんほとんど、枯れていた。

たぶんだけど、それに関しては私のせいじゃない。

サボテン以外の植物たちは、いつの間にか増えたり、減ったりするのだから。

サボテンの隣近所はなんとも出入りの激しい家ばかりなのだ。そして、私の知る限り、その家に住んだ植物はほとんどが枯れるという訳あり物件なのだ。

土が悪いのかもしれない。いや、そもそも、何も植えていなかったのかもしれない。うん年前に枯れたものがそのままになっているのかもしれない。

そんなことを考えながら、たぶん枯れている植物にも水を与えた。

私の車にも水をかけてブラシでこすった。

いつもありがとう。My carっ!!と心から心の中で叫んだ。

 

裏のホースにつながる蛇口をひねり、

ダッシュで裏の植木のところに向かった。

一刻も早く裏の植木に会いたかった。

だが実は、初対面だ。(植えたのは母。数日前から水くれをしてと頼まれていたのだ。)

 

案の定、土はひび割れていたが、植木は青々としていた。しかしなかには危ない奴もいた。

植木に引っかかりジョボジョボ音を立てているホースを掴み、

指で押しつぶしながら根元に水を流した。

 

植木の水あげは割と時間がかかるのだ。

 

でも、焦らずじっくり、ほんと、すまない。マジで、申し訳ない。と心の中で呟いて1つ1つに水をあげた。

水をあげていると、陽の光が差して、大きな虹ができた。

そして土の中からジワジワジワという音が聞こえはじめた。

そしてカラッカラだった白い土が茶色に変化して

植木たちがしなり始めた。葉がさらに青々とし始めて、もっともっと、と言っているようだった。

 

太陽が照らし続ける中、私は水をあげ続けた。

 

ジワジワという音がゴワゴワという音に変わり、

溺れそうなほど水が染み出した。植木たちが

も、もうOK!OK!、、、OK!!!!!!!!

と言っているのがわかったので水をあげるのを中止した。

あー暑いと、思うか思わないかくらいのところで、

風が吹いた。

さっきの熱と湿気のこもった風と違い、

その風は髪と髪の間をひんやりとすり抜け

Tシャツをくぐり、冷たいと感じるくらい涼しい風だった。

そんな風が、優しく何度も何度も吹き、植木を揺らして、そして私のあつ〜い体を冷やした。

この雰囲気的に、植木がありがとう!と言っていた。この雰囲気的に。

 

プチ外仕事を終えて、

私って植物と会話できるんだなとしみじみぃと思い

いや、普通に人と話がしたいわっ。と自分にツッコんだ。

 

そして気づいた。

長い間こうやって植木たちと会話したり、

ずっと家に独りでいた自分が、

いつぶりに心から人と話したいって思っただろう。

いつぶりに心から外に出たいと思っただろう。

いつぶりに心から暑い日の風が気持ち良いだなんて思っただろう。

たぶん心から思ったことは一度もなかった。

できる環境にいてもそうしてこなかった。

 

今年もまたこの季節がやってきた。

毎年毎年エンジョイするぞっ!とかいいながら

暗い過去になって沈んでいっていた夏。

1日が長くて、朝会うことができない両親を夜遅くまで待つのが辛くて怖くてさみしくてしんどかった。独りになりたくないのに、どうしてか、誰とも遊んだりできなかった、夏。なぜか家から離れられなかった夏。これまでエンジョイできなかった夏。1番大嫌いだった夏。

 

21年目にして、ようやくエンジョイできそうな兆しが見えてきた。

 

 

満開のサボテンを見て思うこと

 

こんにちは。

最近またさらに暖かくなってきましたね。

日がのびてきたり、毎年訪れることなのに、

なぜか毎年新鮮に感じます。

 

今年の春、みなさんはどのように過ごしていますか?

春を満喫しているでしょうか?

 

連休が取れたら、ゴールデンウィーク、旅行したりしたいですね。

 

 

サボさんたちも玄関脇で太陽を浴びて

お花を沢山咲かせています。頑張って生きています。

私は毎日お花見、しています。

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最近変わったことといえば、

薬が変わりました。

眠気が強すぎるということを主治医に相談したところ、

ずいぶん落ち着いてきたから少しづつ薬を変えましょうかということになりました。

以前飲んでた薬は3種類。セルトラリンセニランリフレックスです。

セルトラリンリフレックスは、私に革命的な変化をもたらしてくれた薬ですが、通常この2つはどちらか片方を飲めばいいらしいです。

 この前、セルトラリンを1週間断薬することに挑戦してみたところ、2日目でかなりひどい離脱症状が起きて、セルトラリンはまだそのままに、セニランを少し優しい薬に変えてもらいました。

離脱症状は、主にめまいや吐き気、耳鳴り、息切れ、気分の落ち込みでした。

喉元過ぎた苦しみを久しぶりに味わって、また自分が鬱であることを再認識させられ、とても辛い2日間でした。

我慢できず2日目の晩にセルトラリンを服用してしまいました。

 

今、セニランの代わりに飲んでいるのはクロチアゼパムという薬です。

特に副作用や、離脱症状もなく落ち着いています。

 

今気になることといえば、疲労や肩凝りからくるものなのか、激しい頭痛に悩んでいます。

今年度から入社した父の会社の、現場の方の仕事(外での仕事)を体験させてもらい、これまで全く太陽にさらされてこなかった私の体には、かなり酷でした笑笑

その筋肉痛というか、張り切り過ぎて体のあちこちを痛めてしまったがためになった頭痛だと思います。、が、

あまりにも自分の体が華奢ということに気づかされ、かなりショックです。σ(^_^;)昔からですが、スタミナが全然ない…!

事務の仕事を頑張ろうと思います…。笑

 

でも、時々自分が鬱であることを忘れてしまうくらい、順調です。

とてもいいことです。

 

ただ、鬱になってみて、そして、良くなってくるたび思うのが、

「もうこんなに良くなったんだ。」

と、人に思われる事が、とても怖いです。

 

実は無理をして頑張っている、ということが多いので、良くなったんだねという思いはむしろ外れていることの方が多く、人に勝手に判断をされてしまうことはとても恐ろしいことです。

 

間違った判断をされたことにより、もうこれくらいはできるでしょ?とか、もうこんなに良くなったのに、ほんとは甘えてるんじゃないか。など、今している事が当然と思われてしまう事は

普段からいつまでも薬に頼りたくない、早く治したい。という思いで、焦っていて、病気を振り払うかのように一生懸命動いて、そして、その焦りや、理想と現実のギャップにとても苦しめられている毎日で、最終的に自分からも、人からもどんどん追い込まれ、執ように焦り、苦しむ原因になるのです。

 

うつ病というのは、『尋常』ではないのです。

 

それをわかった上で、よくなってきてるね、

と思って欲しいのです。

 

私の周りには、執ように急かしたり、駆り立ててくるような人はいないし、家族も、会社も、友人も優しく私を見守ってくれています。

なのでそこまで辛い思いをしていませんが、その私でさえそう思うのですから、周りにうつ病になってしまった人がいたら、よくなったり、悪くなったりを繰り返し、病気がよくなっていくということを、理解して、優しく見守ってほしいです。

 

今やっている事が当たり前ではないという事。

 

それは、うつ病じゃない人もおんなじです。

毎日、毎日、よくやった!と、自分を褒めてほしいです。

大切なのは、やっていることに胸を張れるかどうかです。

そして、自分の周りにいる人も同じです。

人がしていることを、当たり前と思わず、互いの人生を尊重し合えたら、辛いことがあっても、辛いだけの人生じゃなくなるはずだと思います。

 

そうなるためにはまず、自分から相手を尊重することが大切だと思います。

 

最近よく、愚痴をこぼしたりしてしまうので、

これは私自身に言って聞かせてるようなものです。笑

今後の課題です。

 

どんな人や物にも、そのものだけの人生があり、親がいて、そのものだけしか味あわない苦労をして、そこに存在しているのです。

 

そうして、どんな人や物にも、好きを見つけられたら、とてもハッピーだと思います。